741年、聖武天皇は鎮護国家、五穀豊穣を祈るために諸国に国分寺と国分尼寺の建立を命じた際に建立されたのが筑前国分尼寺で正式名称は法華滅罪之寺です。
当時、尼僧が10人ほどいたとされていますが、わずか100年ほどしか存続していません。

わずか100年しか存続してない事もあり、田畑の中に史跡跡を説明する看板があるだけで、跡地に礎石がないので看板と知識が無ければ史跡だと分からないでしょう。
また、礎石が何処にあったかまでは記されていないので広い田畑を見るだけでは筑前国分尼寺跡を感じられないでしょう。

唯一出土した筑前国分尼寺の礎石は共同利用施設の駐車場一角に移設してあります。
筑前国分尼寺跡に設置された看板から2~3分歩いて田んぼを回り込んで、礎石がありますが、場所がわかりにくく、田んぼは現在所有者が植物等植えている為入ることはできないようになっています。

移設はされていますが、全く整備されておらず、残念な現状です。

筑前国分尼寺跡だけを目的で行くと見応えがなく残念な気持ちになってしまうかもしれません。
近くに筑前国分寺跡・水城跡・陣ノ尾古墳があるのでついでに・・という具合がおすすめです。


駐車場はありません。
西鉄都府楼前駅より徒歩20分。
コミュニティバス「まほろば号」の「国分共同利用施設」下車。もしくは「国分台口」下車。

”福岡県太宰府市国分2丁目8”